東山動植物園~スカイタワー

 2017年8月、名古屋市の東山動植物園に行きました!

園内マップを見ると、結構広くて、かなり歩くようです。
正門から入場すると、スカイタワーが見えます▼
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台風前の曇り空で、暑さがしのげました☆
インドサイ▼               
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アクシスジカ▼                ライオン▼
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何種類かいるクマの中で、印象的だったマレーグマ▼
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屋内展示も充実していて、「世界のメダカ館」やワニ・ゾウガメなども
見ることもできます。
キリン▼                 古代池あたり▼
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他にも、イケメンのゴリラや、おっさんみたいな鳴き声のテナガザルが話題!
コアラ▼
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さらに、奥へ進むと「こども動物園」があって、子供連れにお勧め☆
池▼の先にある「植物園門」のほうへ進みました。  竹林▼
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中国産植物園林を登っていくと、お花畑展望台に出ます。
森の中の散歩道を通って、日本庭園へ向かいました。
武家門▼                 合掌造りの家▼
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以前、白川郷を訪れたときに見た、合掌造りの家に似ています。
再び、動物園に戻って「東山スカイタワー」を目指しました。
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名古屋に来ると目に入るタワーを、前から登ってみたいと思っていました。
名古屋市制100周年を記念して建てられたタワー▼
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晴れた日には鈴鹿山脈やアルプス連峰が一望できるようですが
あいにくの曇り空▼
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名古屋駅方面▼
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御泉水自然園~蓼仙の滝

 梅雨明けして、信州の高原にも多くの観光客が訪れています。

そのひとつ、白樺高原にある御泉水(ごせんすい)自然園に行きました。
蓼科山の北側にある湿原です▼
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ビジターセンターで入園料を払い、湿原を囲む桟道を歩きます。
野鳥のさえずりを聴きながら、散策しました♪
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湿原の周りには、シャクナゲや高山植物が咲き、
珍しい蝶も見かけました☆
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御泉水にまつわる昔話があります。
富士山と八ヶ岳が背比べをして、八ヶ岳が勝ちました。
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怒った富士山が八ヶ岳を蹴飛ばしたので、八ヶ岳は崩れて富士山より低くなりました。
八ヶ岳の妻である蓼科山は悲しみ、流した涙が溜まって
女神湖になったとのことです。

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愛する人を想う涙は、今も蓼科山の中腹から湧き出し
御泉水と呼ばれています。

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ゴンドラリフトに向かう途中に「蓼科山湧水水汲み場」があります▲
「蓼科の水」の説明書きがあります。
蓼科山から湧き出た水は、おいしい蓼科米や蓼科リンゴを育てます
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駐車場に戻り、町道の反対側にある「蓼仙(りょうせん)の滝」を目指しました。
ビジターセンターで「滝への道は急な登山になる」と聞いた通り
森の急坂を登り降りします▼
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意外と距離がありましたが、来てみて良かったと感動する
素晴らしい光景にたどりつきました▼
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蓼仙の滝は、「癒しの滝と呼ばれ、心に安らぎを与え
精神力を強化してくれるでしょう」とのこと☆

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階段状になった苔むす岩場に、しぶきが落ちて行く様は
風情があり、癒されます!
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床並の滝~やぶはら高原

 7月、大雨が降ったり、蒸し暑い日が続いています。
木曽で森林浴をしようと、やぶはら高原に向かいました!

木曽郡木祖村の薮原駅から国道26号線で、やぶはら高原スキー場
に向かってドライブすると「こだまの森キャンプ場」があります。

今回は、林道を歩いて「床並の滝」を目指してトレッキング☆
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床のようになだらかな一枚の岩盤の上を
清流が滑るように流れていました。
床並の平垂」という表示の場所は▼舐めるような流れ☆
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さらに登った先に、床並の滝がありました!
苔むす空間に、白い絹糸をかけたような美しさ♪
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足元は滑りやすいのですが、近くまで迫れる渓流です。
かつては、近くを森林鉄道が走り、トロッコが木を運び出していました。
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床並の滝から水木沢天然林に向かって、遊歩道を歩きました。
天然林は、水害防止のため伐採を免れた森林で
樹齢200年を超えます。
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天然林の管理棟にたどりつき、木曽川源流の森を歩きました。
木曽ヒノキ、サワラ、ブナから生まれる水が、「平成の名水100選」
にも指定されています。

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遊歩道は、「太古の森」と「原始の森」コースがあり
さらに水源を目指す「源頭の森コース」もあります。
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今回は、巨大ヒノキがある太古の森コース。
2017年9月まで、「信州デスティネーション・キャンペーン」がスタート!
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JRグループが「世界級リゾートへ、ようこそ」というフレーズで
長野県をアピールしています。
吉永小百合さんが、苔を観察するCMも流れています。
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木曽地域は日本遺産に認定され、江戸時代から保護されてきた
森林資源も見どころの一つ!
樹齢300年の巨大ヒノキ▼
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無料なのに見どころ一杯で、また次の機会に水源方面も足を伸ばしたいと
思いつつ、帰路につきました。
森林浴のお陰か、心身ともに充実した1日になりました。
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シルク岡谷を歩く

 江戸時代末期から昭和の中ごろまで、長野県では蚕糸業が栄えました!
前回歩いた野麦峠を通って、岐阜県からも工女が
製糸工場にやってきました。


飛騨地方の工女たちが働いたのは、主に岡谷・諏訪地方の工場▼
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蚕糸業関連の産業遺産が残る、岡谷の町を歩きました☆

群馬県の富岡製糸場が世界遺産に登録されましたが
かつては岡谷も「シルクの都」として世界に知られました。
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岡谷市役所の前に「近代化産業遺産群」の案内図が出ています▲
地図に従って、西回廊コースを歩いてみました☆

市役所の隣にある岡谷消防庁舎は、製糸家から寄贈された建物▼
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「旧山一林組製糸事務所」は、大正10年に建てられた、製糸業全盛期の
洋風建築の事務所▼

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「金上繭倉庫」は、明治期に建てられ、岡谷に残る数少ない繭倉庫▲

繭霊供養塔」が照光寺に建立されています▼
昭和9年、蚕の霊を慰め、蚕糸業の発展を願って建てられました。
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簡易裁判所近くの住宅街に、「旧林家住宅」があります▼

岡谷の製糸業発展の基礎を築いた林家の旧宅☆
入館料を払って見学すると、詳しく説明してもらえます♪
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市役所方向へUターンして、北へ行くと「岡谷蚕糸博物館」▼
製糸機械類や、蚕糸関連の資料が展示してあります。
実際に、製糸会社も稼働中!
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岡谷市にあるツツジの名所・鶴峰公園にも寄りました▼
製糸会社・片倉組の片倉兼太郎が建てた小学校の
跡地が公園になっています。
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片倉家は、諏訪湖から流れ出る天竜川を利用して、製糸工場を始めました。
外国製の繰糸機を改良した諏訪式繰糸機を導入し
日本の生糸輸出を先導!           片倉兼太郎像▼
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「糸都岡谷」が出現した要因はいくつかあります。
豊富な水・繭保存に適した気候・技術開発者・金融機関の支えなど‥

なによりも、繊細な繭糸を継ぎ足して、細い生糸を作る根気のいる
仕事を黙々と続けた工女たちのおかげでしょう。

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戦後、諏訪地方では精密機械産業が盛んになりますが
製糸業の技術があったからこそ、産業転換ができたと言えます!

諏訪湖沿いにある「岡谷湖畔公園」に寄りました▼
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子供が小さい頃ここで遊んだ時と、遊具も変わっていません☆
時間があったので、諏訪湖1周16kmをジョギングしました!
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岡谷・やまびこ公園から眺める諏訪地方▲

あゝ野麦峠を歩く

古くから信州と飛騨を結んだ野麦峠を歩きました。

野麦峠というと、女工哀史のイメージがあります。
山本茂実氏のルポルタージュ「あゝ野麦峠」が1968年に出版され、
1979年には映画化もされて、多くの人に知られるようになりました。


信州・松本側から国道158号線を上高地方面へ向かい、途中
奈川村方面に左折、古道が残る「わさび沢」まで車で行きました▼
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わさび沢の入り口に、「あゝ野麦峠」の一節が刻まれた石碑があります▲
ここから峠の頂上まで、江戸~明治時代の街道風景が残っています。
かつて、この峠道を歩いて、飛騨から多くの工女たちが諏訪方面の
製糸工場へ向かいました。

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野麦峠について興味を持ち、資料をさがしていると
「『あゝ野麦峠』と山本茂実」」という本を見つけ、読んでみました。
作家・山本茂実の波乱の生涯を妻がつづった評伝です!
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山本茂実は松本市並柳の農家にに生まれました。
軍国時代の世になり、中国南方戦線に出征したものの
肺結核になり、長期の療養生活を送ります。

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戦況が悪化する中、弟が戦死し、妹も20歳で病死。
敗戦から2年後、29歳の山本は上京して早稲田大学の聴講生になります。
在学中に、自費出版で「生き抜く悩み」という本を世に出しました。

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本は大いに売れて、その資金を元に雑誌「葦(あし)」を刊行。
雑誌の編集員に女性と結婚することになり、その女性がこの評伝の著者です。

会社組織にして軌道に乗ったものの、週刊誌に事実無根のスキャンダル記事を
書かれ、結局「葦」は廃刊になってしまいました。

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クマザサが生い茂る険しい坂を登りきると、「野麦峠の館・資料館」があります。
駐車場の前に、「お助け小屋」が復元されていました▲
資料館の前に池があり、その向こうには乗鞍岳▼
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フリーライターになった山本は、週刊誌などにドキュメンタリーを
書くようになりました。

そして子供の頃、祖母から聞いた「野麦峠」の話を思い出し、
取材を始めました☆
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「野麦峠を越えた明治百年」という作品に書いて、雑誌「文藝春秋」が掲載!

ところが、その内容が「盗作ではないか」と訴えられ、
記事が朝日新聞にも大きく出て信用失墜‥
岐阜県の野麦集落を目指して、さらに古道を進みました▼
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朝日新聞を告訴し、示談として「野麦峠の単行本を朝日新聞社から
出版すること」などが決定!
それがベストセラー誕生の秘話として書かれています。
登りきった場所に、「あゝ野麦峠」の工女「政井みね」の碑が建っています▼
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山本の妻は「あゝ野麦峠」は、山本の自叙伝のようだと記しています。
・「工女みね」と同じように妹を20歳で亡くし、悔恨の念を持っていた。
・工女が「雪の峠越え」をしたように、兵隊として行軍した。
・山本は製糸経営者のみじめな気持も経験した。

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クマが出そうだったので引き返し、野麦峠をくだりました‥
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