姨捨の棚田~長楽寺

日本の鉄道三大車窓の一つに数えられている、「姨捨」駅を降りました。

長野県千曲市にある姨捨は、姨捨山を背に、善光寺平の眺望が広がり、
田毎(たごと)の月」と呼ばれる棚田が造られています。
月の名所として古今和歌集にも詠まれました☆
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駅から斜面を下りつつ、水が張られ稲が植えられた棚田を眺めました。

農作業は、5月の下旬に田植えが行われ、8月末に田んぼの水を落とし、
9月下旬に稲刈りして、10月上旬には美味しいお米になります!
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姨捨というと、「うばすて山」の伝説があります。
実際には、お年寄りを捨てるような風習は無かったようですが、
地名から連想された民話なのかもしれません。
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姨捨伝説は、こんな話でした‥
信濃の国・更級の郷に、年寄りが嫌いな殿様がいて、
『60歳以上になった者は、山奥に捨てよ』というお触れをだしました。

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郷に住む一人の若者は、母親が70歳になっていたので、
泣く泣く背負って姨捨山に捨てに行きました。
母親を残して帰ろうとするも、あたりは真っ暗で道に迷って引き返しました。

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すると母親は『迷わないように枝を折ってきたから、それを目印にお帰り』。
子を思う母親の優しさに触れた若者は、殿様の命令に背き
母親を家に連れて帰り、床下にかくまいました。
           姪石▼
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隣の国が難題を出してきて、解けなければ国を攻めると、何度も言ってきました。

殿様は困って、誰か知恵のある者はいないかと、国中にお触れを出しました。
その都度、若者が母親に尋ねると、良い案を出して殿様を何度も助けました。

四十八枚田の田毎観音▼           姨捨山▼正名は冠着(かむりき)山
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殿様はたいそう喜んで若者にほうびを与えようと呼ぶと、若者は母親の知恵で
あった事を申し上げました。
殿様は『年寄りというものは、ありがたいものだ』と、自分の間違えに気付き
どの家でも年寄りを捨てずに、大切にして仲良く暮らせるようになりました‥

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母ではなく伯母を捨てに行ったという、言い伝えもあります。
棚田を下っていくと、長楽寺が見えてきました▲
周囲には文学碑が多く、多くの句が読まれています。
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巨大な姨石の隣に本堂が建ち、句碑が並んでいます▲
松尾芭蕉の句「おもかげや姨ひとりなく月の友」
高濱虚子の句「更級や姨捨山の月ぞこれ」
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長寿社会の今の日本で、60歳すぎはザラになりました。
高齢者の定義は、65歳から74歳までが前期高齢者、75歳以上を
後期高齢者と呼ぶそうです。
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姨石の上から眺める善光寺平▲
高齢者の年代の方から助けられたり良くしてもらったりすることが多い昨今
改めて、お年寄りを大切にしたり優しくしてあげなくてはと思う次第です!
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旭山から善光寺平を眺めて

長野県庁の西にそびえる旭山(あさひやま)に登りました。

長野市街地から山へ行く途中、朝日山観音堂があります。
「受験の合格祈願をする観音堂」▼として市民から親しまれています☆
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合格祈願をしてから、観音堂前の駐車場に車を停めて、山頂まで歩きました。

今年は寒波が早くからやって来て、落ち葉の上に雪が積もる山道でした。
山頂は戦国時代の旭山城跡▼
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東側先端が展望台になっていて、長野市街地を見下ろす位置にあります▲
旭山から流れる裾花川が犀川に合流し、さらに千曲川になって善光寺平をうるおします▼
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武田信玄と上杉謙信が対決した川中島の戦いが、ここから良く見えたはずです。
浅間山から菅平~志賀高原の連山が広がる展望▼
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ひつじ年と丑年の春に行われる「善光寺御開帳」が、来年あります!

善光寺本堂前に回向柱が建てられ、『柱に触れると本堂内の
前立御本尊に触れるのと同じ功徳が得られる』と、大勢の参詣者が集まります☆
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2014年の年の瀬も押し迫ってまいりました。

今年は自然災害の多い年でした。
大雪、台風被害や豪雨による土砂災害、御嶽山噴火‥
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そんな中、無事に年を越せそうなのは、本当にありがたいことです。

というわけで、皆様の幸せを祈願し、来年が良い年になりますように
善光寺参りをしてきました!         地震でくずれた灯籠▼
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では、よいお年を!!

善光寺の表参道ウォーキング

来年の御開帳を控えた善光寺の参道を歩いてみました。

表参道のスタート地点である長野駅は、来年3月に北陸新幹線が金沢まで延伸
開業に向けて大工事中!

改装中の駅ビルMIDORI長野▼は一部がオープンして、全店開業は 2015年3月☆
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末広町の交差点を右へ直角に折れて北へ進むと、左手にショッピングプラザagain▲

善光寺までの18丁(1.8km)の間の1丁ごと、参道の両脇に町石が設置されています。
さらに進むと、右手に「西光寺」の門があります▼
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西光寺には「苅萱(かるかや)上人と石童丸」の伝説が伝えられています。

約800年前、九州筑前の守護だった苅萱上人は、世の無常を感じ高野山に出家しました。
息子の石童丸は、母と共に高野山へ「父探しの旅」に出ます。

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高野山中で一人の僧侶に出会い、「父を知らないか」と尋ねた▲

この僧侶こそが父の苅萱だったが、妻子がそばにいては修行の妨げになるので、
「お尋ねの人は死にました」と嘘を言った。
石童丸が宿に戻ると、母も病死した後だった。
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身内を失った石童丸は、仏門に入ろうと再び高野山へ行くと、苅萱上人は
善光寺如来の導きで善光寺へ行ってしまっていた。

信濃へ行くと、苅萱上人が建てた草庵(西光寺)で修業に励みました‥

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石童丸に由来する石堂町を過ぎ、国道19号線を渡った先に、大きな駐車場があります。

セントラル・スクゥエア▲と言って、長野オリンピックの表彰式会場でした☆
そして、権堂アーケード通りが右手に見え、飲食店が密集しています▲
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大門交差点の先は石畳になり、仁王門が見えてきます▲
阿吽(あうん)の金剛力士像がにらみを利かせています!

仁王門から先は仲見世通りで、お土産物・食べ物屋さんが並んでいます。
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「善光寺」の金文字が光る「山門」や、その向こう左手の「経蔵」は重要文化財☆

経蔵の裏では、さざんかが寒さに負けず咲き誇っていました▼
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11月下旬に、長野・白馬で大きな地震があって心配しました。

善光寺境内では、灯籠の上部分が落ちていたり、石が崩れているところがありました。
でも、大した被害は無くて安心しました!
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善光寺本堂(国宝)▲
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