天神道を越えて<塩の道(16)

 古道の面影が残る、長野県小谷村の千国街道を歩きました。

今回は、国道148号線の「道の駅・小谷」からスタートして、
千国街道の中の「天神道」と呼ばれるコース!
11月中旬、紅葉が残る杉木の回廊を新潟県に向かって進みます▼
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「道の駅 小谷」の裏を通る道を進むと、「島温泉」があり
天神道入口の立て札が出ています。
「城の越-ねじかけ-湯原方面」▼「ゆっくり歩いて2時間」と書いてあります。
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信越国境付近の天神道越えコースは、かつての「塩の道」が残り
山腹の地形をめぐる、ゆるやかな上り下りが続きます。
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江戸時代、信濃の松本藩では、日本海からの塩の流入以外を禁じたため
糸魚川と松本を結ぶ、この千国街道は重要な「塩の道」でした。
李平(すももだいら)の集落が見えました▼
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峠道を登り切った頂上付近が「城の越」で、茶屋跡の標柱があり、
水場に清水が滴り落ちています▼
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城の越から少し登った所に「三峯様」という、円錐状の萱が3体たたずんでいます。
盗難、火災除けの神を祀る原初的な社で、中を覗くと平べったい石が置かれています。
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こういった日本の原風景や、里山の四季の移ろいを見たくて
塩の道を歩いています☆
城の越から先、古道は分かりにくい脇道へと入り、昔のままの道になります。
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松本から日本海へ向かう道中で、初めて越後の村が見える地点まで来ました!

足下を姫川が日本海に向かって流れ、色あせた紅葉の向こうに
明星山という富士山に似た形の山が見えました▼
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列車や自動車が無かった時代、重い物資を牛馬に積んだり、人が背負って
こんな道を行き来していたのかと思うと、のどかなような、大変な様な‥
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落ち葉を踏みしめながら斜面をトラバースして進みます。
豪雪地帯なので、雪がある12月後半から5月初めまでは
ボッカと呼ばれる者たちが、荷を運びました。

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道の先に、『信越の交流』砂山の石仏があります▼
かつて、このあたりにボッカや牛方が泊まる宿があったそうです。
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牛方は、牛に2俵(約90kg)づつ背負わせて、一人前になると6頭の牛を追って
この道を通ったとのこと。
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「ねじかけ」という標識の先を下っていくと、国道148号線が見えていきます。
ちょうど塩坂トンネルの上を歩いてきて、湯原という地点に出ました▼
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この先に見える湯原トンネルを抜けると、雪国の新潟です!
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白馬の千国街道<塩の道(15)

日本海と信州を結ぶ交易路だった千国街道の中でも
白馬村は、荘厳な白馬連峰を仰ぎ見る区間です。

塩の道と呼ばれる千国街道を歩いてきましたが、今回は
JR大糸線・白馬駅付近から松川橋を渡り、北へ向かいます。

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白馬高校の裏道を通って行くと、まだ雪の無い八方尾根スキー場が見えてきます▲
撮影した10月30日、まだ冠雪前の峰々を眺めつつ、松川橋を渡りました▼
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国道148号線沿いを北上して、白馬岩岳スキー場方面に行く道を歩きます▼

白馬村内の「塩の道」は、南から「白馬五竜」「八方尾根」「岩岳」と続く
スキー場のふもとを通って、小谷村へ向かいます。
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新田の集落に入っていくと、「庄屋まるはち」というカフェ・レストランがあります▼
豪商・横澤家の築160年の屋敷を改築した、歴史的古民家です☆
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生活用水路が流れる古道沿いを進むと、水車小屋があります。
この周辺は石仏・道祖神や薬師堂など、多くの史跡が残っています。
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道が何度も折れ曲がるため、古道をたどるのが難しく、3回挑戦して
ようやく経路がつながってきました。
首切り坂と呼ばれているらしい坂を登ります▼
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観音原石仏群があり、187体の石仏が内側を向いて、ぐるりと並んでいます▼
石仏群としては、塩の道随一の場所で、観音信仰の深さと広がりが解る聖地☆
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造立年代は、江戸末期で、西国・坂東・秩父の百体観音が揃っているそうです。
形も大きさもまちまちですが、おだやかな表情に癒されます。
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岩岳の麓を通る塩の道沿いには、現在、「塩の道温泉」があり
民宿やペンションが並んでいます▼
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その先で道が交差して、切久保庚申塚に突き当たります▼
庚申塚とは、集落に役病や魔物が入るのを防ぐもので、
これが村で一番古い塚とのこと。
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道なりに歩いて行くと▼切久保諏訪神社(霧降宮)があります。
「七道の面」「薙鎌」などの社宝を有しています。
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霧降宮の先で、一旦、県道433号線に出て、小さな渓谷に架かる
瀬田橋の手前で、古道に分け入っていきます。
橋の下の岩場に洞窟があるようで、「おかるの穴」という嫁姑の不仲に
まつわる話が残っています。

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『おかるという名の嫁が、霧降宮にある七道の面をかぶって、姑をおどしたが
顔から面が取れなくなって、洞穴に身を隠した』と伝えられる民話です。

「おかるの穴」の案内板から続く山道を登っていくと、石の道標があります▼
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「右ゑちご 左やま道」と刻まれた落倉道標です。
明治20年頃まで、人々は物資を背負い、牛や馬の背に荷を積んで
この道を行き来しました。
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塩の道は、今も生活道路として使われている道もあれば、
開発によって消えたり、迂回した道もあります。
白馬村の塩の道も、ほとんどが舗装された道路歩きですが
自然と歴史の道としての魅力が残っています。

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晩秋の塩の道歩きは快適で、落ち葉をサクサク踏みしめながら、
紅葉のトンネルをくぐって進みます。
視界が開けて、再び433号線に出たところに駐車スペースがあります▼
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県道の向かい側に「風切地蔵」が鎮座しています▼
このお地蔵さまは、大風や悪魔・病魔の風を断ち切る力があると
言い伝えられています。
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この先で小谷村に入り、栂池高原スキー場のふもとを歩く道になります。

信濃大町<塩の道(14)

台風が次々とやってきて、今年のシルバーウィークは、天候の優れない日が続きました。
塩の道「千国街道」を、途切れ途切れに歩いて1年になりますが、
お彼岸の頃、そぼ降る雨の大町市街を歩きました。

JR大糸線・信濃大町駅の北の踏切を渡り、五日町の角を博物館通りで左折▼
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荷継の宿場町として栄えた大町の塩問屋だった平林家を
博物館にした、「塩の道ちょうじや」という建物があります▼ 
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午後4時に、日本海の生魚を積んで糸魚川を出発し、翌日午後4時か、翌々日の
朝7時に大町まで届ける、「大急」という便がありました。

大急便は、大町で人夫を交替し、午後5時に出発して、翌朝7時に
松本に荷を届けました。
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塩魚は3~4日かけて大町に運ぶ便がありました。
塩などの保存のきく荷物は、糸魚川から5~6日かけて、大町にやってきました。
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明治時代に改築されたままの母屋は、高い天井の梁組が見事で
2階には塩の道に関する資料が展示されています。
写真撮影OKということなので、館内を撮りました。
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麻や塩の問屋で、味噌や醤油も作っていた商家の帳場が残っています▲
塩や荷物を運ぶ牛方・馬方や旅芸人、托鉢僧をはじめ庶民が歩く道でした。
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塩荷を店前で牛馬の背から下ろし、大八車に積み替えて、奥の塩蔵
まで運びました▼
その塩はほとんど粗塩で、湿気を吸って苦汁(にがり)の液が出ました。
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塩の入れ物は、俵や定型のカマスを使い、塩荷を積む場所には、「苦汁だめ」
の仕掛けが残っています。
味噌・醤油、さらに漬物を作っていた当時の、漬物蔵もあります▼
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館内では各種企画展が開催され、現在、華道家・假屋崎省吾さんの花が展示されています!
「ボッカ(歩荷)の衣装を着てみよう」、というコーナーもありました▼
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戦国時代、上杉謙信と武田信玄が川中島で戦っていたころ、山国信濃は塩の流入を
止められ苦しんでいました。
これを知った謙信は、「戦いは弓矢でするもの」と言って塩を送りました。

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新年、大町に塩が届いた時、盛大に塩市を開いたと伝えられます。

塩はやがて飴に変わり、市神様が祭られ▲縁起物やだるま、福飴などが売られます☆
塩の道ちょうじやを後にして、国道147号線沿いの大町アーケードを歩きます。
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大町は、女子バドミントン選手・奥原希望(のぞみ)選手の出身地で、あちこちに▲
「リオ・オリンピック銅メダルおめでとう」というポスターが貼られていました。

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大町には湧水があり、商店街の西側は、「男清水(おとこみず)」▲
東側は「女清水」が、町を潤しています。
九日町の町屋風景▼
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道が分かれる「大黒町追分」に庚申塔があり、「右 善光寺道」と刻まれています▲

その先に、江戸時代末期に建立された大黒天の石像があります。
大黒天と並んでシダレ桜があり、こちらは今年4月17日に撮った写真▼
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浦川から松ヶ峯~来馬<塩の道(13)

千国街道は新潟県糸魚川から信州・松本に至る道で、古くから
塩や海産物などが運ばれました。

険しい山道を通る千国街道の中でも、特に山崩れが多くて
通行が困難だった長野県北小谷の来馬地区を歩きました。

前回、大糸線中土駅から歩いて石坂地区に至り、その続きになります。
千国街道・塩の道のスポットである「幸田文文学碑」に着きました▼
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幸田露伴の娘で、作家の文(あや)は、70歳を過ぎてから山河の崩落地を訪ねた
ルポルタージュ「崩れ」という作品で、稗田山崩れについて書いています。

1911年(明治44年)、稗田山の大崩落で姫川の支流・浦川が氾濫し、石坂・来馬の
集落が壊滅的被害を受けました。
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「百年前、この谷は崩壊の土砂に埋め尽くされ、犠牲者が今も眠る」と刻まれています▲
1995年(平成7年)にも、土砂崩れで石碑が流され、再建されました。

文学碑の先にある浦川橋を渡ります。 橋の上から眺める浦川▼
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古道・塩の道は、浦川の西側に沿うように、松ヶ峯・来島方面の標識の方へ、
歩いていきます。
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この浦川沿いの古道が予想外にジャングルで、シダ類やコケが生い茂る
密林のアドベンチャーでした。
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浦川に流れ込む小川のせせらぎが、古道に沁み入る幻想的な道☆
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瀬音を辿りつつ歩き、一旦開けた場所に、「中浦の大岩」があります▼
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河原沿いの平らな道になり、 ペンペン草を踏みしめながら、ススキの穂の間を進みます。
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ここから「松ヶ峯」まで登りになります。
稗田山の大崩落の際は、土石流が松ヶ峯▼を乗り越えたとのことです。
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明治中期に新道が開発されるまで、牛馬や歩荷(ぼっか)によって、信越国境の
山間地帯をめぐり、海陸物資交易の重要路線として栄えました。

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松ヶ峯から北の姫川河原には、かつて来馬宿があり、美田地帯だったと
書かれていますが、今は土砂が堆積しているだけです。
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かつては、小谷の三宿(大網・千国)の一つだった来馬の集落は姫川の
河原に埋まってしまいましたが、来馬諏訪神社は残っています▼
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さらに、神社の先には常法寺の史跡があります▼
20メートル下に埋まっている来馬集落からは、かつて本堂に向かう
見事な参道があったそうです。
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塩の道を通って馬がやってくるので、来馬という名がついたとか‥
この先を下っていくと、来馬温泉に出ます。
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フスベ~せえの神‥石坂越え<塩の道(12)

信州の小谷(おたり)地方には、かつて、松本から日本海の糸魚川を結んだ
「塩の道」千国街道の痕跡を、あちこちに見ることができます。

今回は、JR大糸線・中土駅周辺の古道を歩いてみました。
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下里瀬(くだりせ)温泉から、「車坂」▲を登って北へ向かいます。
途中から舗装も無くなり、山腹を巡るようになります。
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この先は「フスベ」と呼ばれる難所で、狭くて滑り落ちそうな勾配。
当時、牛馬に荷を積せて運ぶ途中、転落することもあったといいます。
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牛方という者たちが、牛を多くて7頭追いながら、坂を行き来ました。
眠くなってウトウトした牛方が、手綱を引っ張られて牛に助けられた
話も残っています。
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眼下に姫川が流れ、筒状に覆われたJR線路が見えました▲
姫川と大糸線の西側に隆起する急斜面に、へばりつくような古道です。
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フスベを過ぎて、視界が広がった所に池原という集落があり、
「塩の道」の表示に従って北へ歩いて行きました▲
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8月の日差しの中、夏の花を眺めながら古道を進みます☆
向こうに見える3角形の平倉山には▼戦国時代、平倉城があったそうです。
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崩落が見られる立山▼を背景に、棚田が美しく並んでいます。
桃源郷のような静かな農村風景☆
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一旦、一般道に出て、再び「塩の道」▼の坂を登ります。
石仏群があり、昔のままの古道へ分け入ります。
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猛暑の日でも、樹木の日陰を歩くことができます。
姫川の急流を避けて、下里瀬から車坂を登り、フスベ~池原を通る「石坂越えコース」です。
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登り道が下りになる手前に「賽(せえ)の神」という表示が立っています▼
せえの神は、村の入口にあって、悪霊から守る神です。
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せえの神から向こうは、石坂集落があり、民家が坂沿いに建っています。
湧水を利用した手作りの水道や、生活の匂いがしてきます。
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急な坂を下り終えた場所に石仏群があります▼
この先の道は、北小谷~葛葉峠へと続きます‥
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