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小谷村~雪の千国街道

雪の千国街道・塩の道を歩きました。
前回の続きで、小谷村の栂池高原から北へ向かいます。
沓掛という地区にある牛方宿▼
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日本海と松本との間で物資を運んだ牛方と牛が、一緒に寝泊まりした宿です。
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幕末頃の建築の塩倉が隣にあります▲
金属の腐食を防ぐため、鉄くぎを使わない板壁の作り☆
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昔の史跡が多く残る古道沿いを歩きました。
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石畳が敷き詰められた親坂を下って行きます▲
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弘法清水の湧き水を湛えた石船が残っています▲
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錦岩という大きな岩は、雨に濡れると色が変化するといいます▲
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牛つなぎ石に雪がかかっていますが、縄を結ぶ穴が開いています▲
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古道を下りきったった場所に、たくさんの石仏や石碑▲
その先に千国の集落があり、番所が復元されています▼
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荷物や人改めの場所で、徴税も行いました。
敷地内に歩荷や牛方の像があり、当時の様子が窺えます▼
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千国宿を後にして、一気に小谷村の最北にある大網宿を訪れました▼
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大網峠への道標がありますが、雪の季節は危険なので引き返しました。
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塩倉が補修されて、残されています▼
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大網集落の向こうに、越後との県境の山・雨飾山がそびえています▼
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絶景の「塩の道」紀行

2月上旬、日本海への交易路だった「塩の道」沿いの風景を写真に撮りました。
池田町から大町市に通じる県道51号線からスタート!
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朝冷え込んで、地表に白い空気の幕ができていました!
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北に向かって進むと、北アルプスの山が次々と見えてきます。
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大町市に入り、仁科神明宮の前を通る「塩の道」沿いを北へ!
県道より東の山際を走る道なので、展望が素晴らしい!
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田園風景の中を進む途中に見える蓮華岳や爺ヶ岳▲
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振り返ると台形の有明山から餓鬼岳の連なり▲
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白馬連峰に続く銀嶺が美しい▲
塩の道古道は仁科三湖の西側を通っています☆
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青木湖は水鏡になって白馬三山を映していました▲
白馬村に入り、古道は国道148号線より西沿いを走っています。
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白馬五竜スキー場から八方尾根スキー場のふもとを通ります▲
白馬高校の裏を進むと、松川橋に出ます▼
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八方尾根のゲレンデが白く見えます▲
左から鑓ヶ岳(やりがたけ)、杓子岳(しゃくしだけ)
白馬岳(しろうまだけ)の白馬三山▼
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小谷村に入り、栂池高原スキー場を眺めつつ▼古道は千国宿を目指します。
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塩の道・千国街道の古道は、前山クロスカントリー・コースに
整備されていました▼
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この後、道は姫川に沿うように北上します。

糸魚川の断層と塩の道(18)

 かつては、北前船が日本海沿岸沿いを行き来して、物資を輸送していました。

瀬戸内産の塩は、下関海峡から能登半島を回って越後まで送られ
さらに陸路で信濃にも運ばれました。


糸魚川から松本への道は松本街道あるいは千国街道と呼ばれました。
先日、糸魚川に行き、塩の道の出発点に立ちました▼
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糸魚川開発の基点ともいえる「天津・奴奈川神社」に寄りました▼
前回取り上げた、奴奈川姫も祀られています。
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神話の時代、大国主神がやってきて奴奈川姫と結婚し、能登で暮らしました。
その後、姫は越後に戻りました。
大国主神は出雲に帰り、大和朝廷に国譲りをします。

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息子の建御名方命は大和朝廷と戦い、破れて信州・諏訪へ逃亡‥
後に、諏訪の祭神になりました。

塩の道沿いを南下して、日本海を振り返りつつ丘陵地を登ります。
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途中にある長者ヶ原遺跡に寄りました▲
縄文時代中期~後期の史跡で、竪穴式住居が復元されています。
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最古のヒスイ加工遺跡で、ヒスイの原石が出土しています。
塩の道は、それ以前からヒスイが運ばれる「翡翠の道」でもあったのです。
遺跡の東側に建つ「フォッサマグナ・ミュージアム」にも寄りました▼
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フォッサマグナは日本列島中央部にあった「大きな溝」です。

数百万年前までは海の底にあり、その溝に新しい地層が堆積しました。
その後、沈んだプレートが上昇して、現在の日本列島になりました。
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フォッサマグナの西の淵は、糸魚川-静岡構造線と呼ばれます。

塩の道は構造線のうえを、松本から静岡へとつながっています。
帰り道、国道148号線沿いのフォッサマグナ・パークに行ってみました▼
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構造線の断層露頭があるとのことです!

日本列島を東と西に分ける境目になります。
「西側は四億年前の岩石」と書いてあります▼
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そして、東側は1,600万年前の岩石だそうです。
案内板によると、「ユーラシア・プレートと北アメリカ・プレートの境目」でも
あり、地球規模ではヨーロッパとアメリカの境目でもある」!!
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フォッサマグナパーク近くを流れる根知川から眺める、越後の山▲
「塩の道」と名付けられた米がありました▼
塩の道沿いを歩けば、あちこちに断層の地形を見ることができます▼
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塩の道の起点@糸魚川<塩の道(17)

 「塩の道・千国(ちくに)街道」をたどってきました。
今回は、街道の起点を訪ねました。
一方の起点である松本市から新潟県糸魚川市に向かい
ついに日本海に突き当りました▼

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糸魚川から信州・松本まで、日本海から塩や海産物が運ばれました。

縄文時代から、この道には歴史があります。
ここで採れたヒスイの玉が運ばれました。
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「古事記」の出雲神話には、「大国主(おおくにぬしの)神が高志(こしの)国の
沼河比売(ぬなかわひめ)に求婚しにやって来る」話があります。

海沿いの展望台の近くに、その奴奈川姫の像があります▼
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糸魚川地域を治めていた伝説上のお姫様☆

奴奈川姫の裾をつかんでいるのは、子供の建御名方神(たけみなかたにかみ)で、
諏訪大明神の祭神です。       展望台から信越国境の山が見えます▼
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展望台から海沿いを歩いて、塩の道の起点に着きました!
越後では「松本街道」と呼び、明治20年頃まで牛馬とボッカが荷を
運びました。
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歩いて行くと出発点の案内板があり、北前船の船員たち向けの
茶屋があったと書いてあります▼
北前船が沖合に停泊し、荷物を陸揚げしたようです。
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ボッカや牛方がワラジを脱がずに土間まで入って
囲炉裏にあたれる「ふんごみ茶屋」跡もあります。
交差点に「糸魚川町道路元標」という道標があります▼
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塩の道と旧加賀街道との分岐点で加賀街道沿いにも多くの問屋が並びました。
さらに先の西性寺境内に「牛つなぎ石」▼
重い荷物を運ぶ牛をつないだ石です。
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塩の道のこの通りは、現在「白馬通り」と呼ばれ、かつては塩問屋
が軒を連ねたとの事。
今も、作り酒屋があったり、かすかに古道の名残りがあります☆
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白馬通りから入ったところの経王寺には、新潟県で最古の梵鐘があります▼
南へ歩くと、大糸線の線路が見えてみます。
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さきほどの、展望台からまっすぐ行くと北陸新幹線「糸魚川駅」に
突き当ります▼
ここにも奴奈川姫の像がありました!
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姫が手に持つヒスイは、古代、長寿の呪力を秘めるとされました。
緑の硬玉から勾玉が作られ、各地に運ばれました。
糸魚川駅のビル内には、ヒスイの原石も置かれています。
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一旦、車を置いた日本海沿いに戻りました。
海の前には、諏訪社の鳥居があり、信州・諏訪まで塩の道によって
交流があったことが分かります。
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塩の道を歩くときは、だいたいコンビニ弁当で済ませてきましたが、
今回ばかりは、海の幸を食べようと、地元の食堂に入りました。
その、刺身と新潟の新米のおいしかったこと!

天神道を越えて<塩の道(16)

 古道の面影が残る、長野県小谷村の千国街道を歩きました。

今回は、国道148号線の「道の駅・小谷」からスタートして、
千国街道の中の「天神道」と呼ばれるコース!
11月中旬、紅葉が残る杉木の回廊を新潟県に向かって進みます▼
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「道の駅 小谷」の裏を通る道を進むと、「島温泉」があり
天神道入口の立て札が出ています。
「城の越-ねじかけ-湯原方面」▼「ゆっくり歩いて2時間」と書いてあります。
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信越国境付近の天神道越えコースは、かつての「塩の道」が残り
山腹の地形をめぐる、ゆるやかな上り下りが続きます。
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江戸時代、信濃の松本藩では、日本海からの塩の流入以外を禁じたため
糸魚川と松本を結ぶ、この千国街道は重要な「塩の道」でした。
李平(すももだいら)の集落が見えました▼
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峠道を登り切った頂上付近が「城の越」で、茶屋跡の標柱があり、
水場に清水が滴り落ちています▼
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城の越から少し登った所に「三峯様」という、円錐状の萱が3体たたずんでいます。
盗難、火災除けの神を祀る原初的な社で、中を覗くと平べったい石が置かれています。
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こういった日本の原風景や、里山の四季の移ろいを見たくて
塩の道を歩いています☆
城の越から先、古道は分かりにくい脇道へと入り、昔のままの道になります。
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松本から日本海へ向かう道中で、初めて越後の村が見える地点まで来ました!

足下を姫川が日本海に向かって流れ、色あせた紅葉の向こうに
明星山という富士山に似た形の山が見えました▼
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列車や自動車が無かった時代、重い物資を牛馬に積んだり、人が背負って
こんな道を行き来していたのかと思うと、のどかなような、大変な様な‥
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落ち葉を踏みしめながら斜面をトラバースして進みます。
豪雪地帯なので、雪がある12月後半から5月初めまでは
ボッカと呼ばれる者たちが、荷を運びました。

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道の先に、『信越の交流』砂山の石仏があります▼
かつて、このあたりにボッカや牛方が泊まる宿があったそうです。
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牛方は、牛に2俵(約90kg)づつ背負わせて、一人前になると6頭の牛を追って
この道を通ったとのこと。
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「ねじかけ」という標識の先を下っていくと、国道148号線が見えていきます。
ちょうど塩坂トンネルの上を歩いてきて、湯原という地点に出ました▼
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この先に見える湯原トンネルを抜けると、雪国の新潟です!
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