独鈷山登山~小泉小太郎(2)

長野県では7月第4日曜日を「信州山の日」に制定し、今年は7月27日!

梅雨明け前の7月中旬、信州上田市の独鈷山に登りました。
独鈷山への登山口は3ケ所ありますが、今回は三才山有料道路沿いの
宮沢登山コースに挑戦しました。
御屋敷沢という沢に沿って登るコースです▼
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原生林で日差しは遮られていますが、湿度が高く汗が吹き出します☆
ちゃんとした登山道や表示があるわけでは無く、迷いつつ沢沿いを歩きました。

干支の祠が目印になっていて、干支の順に登って行きます▼
この山の向こうは、田園が広がる塩田平☆
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塩田平に伝わる「小泉小太郎」の民話について前回書きました。

そのあらすじは‥「密教の和尚さんと、水の神である竜の間に生まれた小太郎が
育ての親のお婆さんの死をきっかけに改心して、立派な村をつくりました


この和尚さんは「安念坊」という実在した密教の修験者で、民話の作者
であるという伝承があります。
安念坊は民話の通り独鈷山頂に庵を作り、中禅寺を開山しました。028721.jpg
鎌倉幕府の御家人「泉小二郎親衡」の腹心だった安念坊は、親衡のご先祖様を
伝説化して「小泉小太郎」の物語を作ったのかもしれません。

親衡は源頼朝亡き後、実権を横取りした北条氏を討伐しようとした人物です。
幕府によって捕えられた安念坊は、計画を自供してしまい、
容疑者の親衡は行方をくらましました。
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北条氏打倒の「和田合戦」は敗れ、泉氏の領地は北条義時に没収され
以後130年に渡って塩田平は鎌倉文化の影響を受けました。


親衡の逃亡先は、山の向こうの松本市・中山であった可能性が強いのです。
1時間半かかって独鈷山山頂着▼
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松本市の中山・和泉には泉親衡にまつわる伝承が残っています。
中山の地で身を隠し余生を過ごしたのかもしれません。

親衡は再起を図って、武勇伝や先祖の説話を言いふらしたことでしょう。
独鈷山から眺める塩田平▼
037741.jpg 
松本平では「諏訪大明神が変身した犀竜がこの地を開いた」と、古くから
瞽女(ごぜ)の口によって語られていました。

親衡は塩田平の先祖の話を松本に置き換えて、「日光泉小太郎」の物語を
新たに作ったとも考えられます。
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