雑炊橋の昔話

長野県松本市を流れる梓川沿いには、いくつかの民話が残っています。
その一つに「雑炊橋」の昔話があります。

現在は近代的な吊り橋になっている雑炊橋まで行ってみました▼
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場所は梓川を遡るように国道158号線(野麦街道)を進み、市役所安曇支所を
過ぎた辺りに橋場地区へ行く道があり、橋が架かっています。
両岸が峡谷なので、昔から刎木(はねき)を結んだ橋を架けていたそうです。
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この橋にまつわる伝説があります。
‥「昔々、川の両岸の島々と橋場の集落の間は、岩がそそり立った
深い谷のため、橋がありませんでした。
両岸に分れて住んでいた阿部清兵衛とお節が恋仲になりました。

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2人は逢えるように橋を架けようと考え、清兵衛は雑司(雑役夫)となって懸命に働き
お節は三度の食事も雑炊をすすって節約をして、お金を貯めました。

貯めたお金で材木を買い、両岸から刎木を重ねて橋を架け始めました。
刎木をまん中で結び、島々と橋場の間に初めて橋が架かりました。
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2人は毎日逢えるようになり、村人も便利になって喜びました。

その後、両岸の村人たちによって、12年に一度の寅年に架け替えられるようになりました。
渡り初めの際は、清兵衛とお節を模した人形を、材木の先に立てて、人形を
互いに渡す儀式が行われ、雑炊を出してお祭り騒ぎをしましたとさ
‥」
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清兵衛とお節の人形の頭部が、今でも松本市梓川地区にある「大宮熱田神社」▲に
保存されているとの事☆
大宮熱田神社は梓川の守護神を奉ったのが始まりで、境内には名古屋から
お迎えした熱田大神など、色んな神様が祀られています。
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うっそうとした神社の中に、様々な御神木が立っています。

ネズコの木▼は、一番古く、樹齢1000年以上と推定されるそうです。
松と杉が寄り添うように生えた「仲良し縁結びの木」もあります▼
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熱田神社から北へ足を伸ばして「七日山(なのかやま)石仏群」も、見に行きました。

金毘羅宮からの参道に、88体の石仏が置かれています。
木漏れ日の下で、江戸時代の石仏がたたずんでいます。
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さて、雑炊橋から、さらに梓川を遡り、「風穴(ふうけつ)の里」という道の駅で休憩しました。

風穴は北アルプスの地下水によって冷やされた風が、地上に出る穴で、
天然の冷蔵庫として、今でも酒造会社などで利用されています▼
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風穴の里に近い安曇資料館には、江戸時代の雑炊橋の模型が展示してあります!

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