ウェストンの上高地

信州・松本を流れる梓川沿いの風物を取り上げてまいりました。

さらに、梓川の上流を目指して上高地行のバスに乗りました。
かつては、徳本峠を踏み越えて、ようやくたどり着いた上高地です▼
120631.jpg  
イギリス人宣教師ウォルター・ウェストンは、明治24年(1891年)以降、
日本各地の山や日本アルプスを登り、「日本近代登山の父」と呼ばれます。


明治26年(1893年)に、ウェストンは上条嘉門次(かもんじ)という案内人の
猟師と共に穂高岳を登りました。
037602.jpg 
上高地温泉ホテルの近くにウェストンのレリーフがあります▲

毎年6月の第一日曜日には「ウェストン祭」の式典が行われます。
ウェストン園地近くから眺める霞沢岳~六百山と梓川▼
035602.jpg 
穂高岳に登る予定日に大雨にたたられたウェストンは、晴れるのを待って
逗留する間、案内人の嘉門次から民話や体験談を聞かせてもらいます。

その中に、前回取り上げた「雑炊橋」の昔話もあり、著書の「日本アルプス
の登山と探検
」に橋の写真入りで記されています。
075602.jpg 074602.jpg
明神池(みょうじんいけ)近くに「嘉門次小屋」が営業中▲
ウェストンも嘉門次が釣ったイワナを食べました。

穂高神社奥宮の神域である明神池の向こうに明神岳▼
064602.jpg  
ウェストンと嘉門次は花崗岩の険しい穂高岳へ登頂しますが
下りる途中、地蜂の巣を踏んで刺され、泣きっ面に蜂の目に遭いました。

ウェストンの著書の中に「嘉門次の狩小屋は、静かな池の水際に
絵のように美しい感じに建てられていた」と書かれています。
073642.jpg 070642.jpg  
小屋の仲間は「ウェストンが蜂に刺されたのは、神なる境内を侵した
祟りに違いない」と、柏手を打って祈祷をしたそうです。

「『おまじないをしたから、朝になれば治ります』と言われたものの
効き目は無かった」と、イギリス人らしい言い回しで書いています。

040603.jpg 
ウェストン園地近くで見かけたサル▲
今でこそ観光客で賑やかな上高地ですが、明治時代中期に穂高岳・槍ヶ岳
に登頂するのは、勇気の要る大冒険だったはずです。
083603.jpg
ウェストンは1896年に前述の著書をイギリスで出版して、日本アルプスの姿を
広く海外に紹介しました。
著書を読むと、当時の庶民の様子が目に浮かぶようです☆
123604.jpg 
各地で火山噴火、地震が相次いでいますが、焼岳▲の噴火の気配は
ありませんでした。
この日は大正池のバス停で降りて、徳沢キャンプ場まで歩いたので
後日、紹介しましょう‥
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
ブログランキング
ランキングはコチラ
  ↓   ↓
にほんブログ村 スイーツブログ 和菓子へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 長野県情報へ
にほんブログ村
信州のお菓子
FC2カウンター
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-