河童橋と芥川賞

上高地行きのバスに乗り、大正池のバス停で降りました。

大正池は大正4年(1915年)6月、焼岳の噴火によって、梓川が
せき止められて出来た池です。

今年でちょうど100年になりますが、土砂の流入によって、年々縮小しています▼
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明治42年、17歳で旧制中学生だった芥川龍之介が、槍ヶ岳登山に向かうため
上高地を通りました。
その時、この池は、まだありませんでした。
雲が立ち込める穂高連峰を背景に、幻想的な大正池▼
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芥川は大正池ができた後の、大正9年に「槍ヶ嶽紀行」という作品を発表。

どうも槍ヶ岳山頂までは行けなかったらしいですが、その時の
思い出が後に「河童」いう作品につながったようです。
河童橋に向かう途中に、田代池があります▼
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芥川が昭和2年(1927年)に発表した小説「河童」を読み返してみました。

主人公は「第二十三号」という精神病患者です。
彼は穂高山へ行った時の河童との出会いについて語っていきます。
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河童を追いかけて行くと河童の国へ迷い込んでしまいました!
その国は、人間とは真逆の価値観の世界でした。

色んな登場人物が、人間社会を風刺するように描かれています。
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作中、主人公は梓川▲をさかのぼって行きます。

「河童」を発表した年に、芥川は自殺。享年35でした。
芥川の命日は河童忌と称されています。
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芥川の死の8年後、親友で文芸春秋社主・菊池寛が芥川賞を設けました。

芥川賞といえば、今年、お笑いコンビ・ピースの又吉さんが書いた
「火花」が候補作になり話題となっていますね☆

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ほぼ日刊イトイ新聞で、糸井さんが又吉さんと対談して、絶賛していました。

「火花」は、売れない芸人たちの青春の火花が描かれています。
笑いを突き詰める先輩芸人の狂気は、まるで芥川の「河童」に登場
しそうなキャラクターです。
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芥川が旧制中学の頃、初代の「河童橋」が架かっていましたが、
その後4回架け替えられて5代目です▲

橋の名称は、芥川が来る前から河童橋で、そこからイメージを
膨らませて小説にしていったのでしょう。
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橋の名称の由来は
・河童が棲みそうな淵があった
・橋が無い頃、頭に着物を載せて川を渡る人々が河童に見えたから
などの説があります‥
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