松本あめ市~塩倉池<塩の道(5)

塩の道・千国街道は、かつて長野県松本と新潟県糸魚川を結んだ古道です。

街道の発着点である、松本市本町通り辻にある牛つなぎ石の界隈では、
今年も1月に「松本あめ市」が行われました▼

飴市の起源として、よく言われるのは上杉謙信の「義塩伝説」☆023129.jpg
戦国時代、信濃の国を舞台に、武田信玄と謙信が戦ったとき、敵対関係にあった
駿河国の今川氏と相模国の北条氏が、太平洋側からの南塩の道を塞ぎました。

これに対し、謙信は「争うべきは弓矢にあり。食塩にあらず」と、日本海側からの
北塩を送ったという故事があります。
 
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ことわざ「敵に塩を送る」の語源となった故事で▲牛の背中にのせられた塩が
届いた日(1月11日)を記念して、塩市が始まり、それが「あめ市」になったといいます。

元々は、神社の神職が、1年の初市である日に塩を売り出したのが起源で、
その後、新年の縁起物として飴が売られるようになったようです。  
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あめ市の日のナワテ通り▲
今でも、あめ市では歩道に、初市の市神様を祀る仮殿が設けられます▼

商人の知恵で、謙信の「義塩伝説」が、後付けで塩市と関連付けられたのが実情?
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「牛つなぎ石」も本当のところ、市神や道祖神だった石を、「塩を運ぶ牛」を
つないだ石に仕立てたのかもしれません。

真偽をとやかく言うのも野暮ということで、伝統が受け継がれています。
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飴やダルマを売る露店が出て、地域の子供たちが「縁起のいい福だるまはいかがですか?」
と、元気な掛け声をかけていました☆
女鳥羽川沿いで、正月の縁起物を一緒に焼く、「三九郎」も風物詩▲
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さて、昨年に続き、「塩の道」を探しつつ、歩いてみました。

牛つなぎ石から、「善光寺道」の石柱が指し示す中町通りを進みます▲(中町蔵シック館)
国道143号線(通称・大橋通り)に出て、北上します。
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女鳥羽川を渡って、▲土蔵を生かしたレストラン「ヒカリヤ」を過ぎ、宝栄寺▲の
前で西に向かって左折して、江戸時代の史跡が残る「安原地区」を通ります。

交差点を、また北上し ▼信州大学付属中学の前にある「武井砂糖店」の横を左折。
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「松本いずみ幼稚園」の前を左折して、大門沢川という小さな川を越えたら
最初の辻を右に曲がり、団地の中を道なりに北上▲
信号機「沢村2、3丁目」▼の交差点を突っ切って、さらに北へ。
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犬飼歯科医院の前で左折して進むと、展望が開けて左手に神沢池が見えます▲

「甲村酸素」の看板の方へ、登っていくと「神沢の石仏群」がひっそりたたずんでいます。
馬頭観世音▼            塩の道から振り返れば、池の向こうに松本市街地▼
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舗装はされているものの、古道の面影を残す細い道を登っていくと、
左手に一面のリンゴ果樹園▼
アルプス公園の北あたりになります。

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上り坂を進むと、塩倉池の横に出ます。
この塩倉地区は、その名の通り、上杉謙信から送られた義塩が、
一時、保管されたと言われます。

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全面結氷した塩倉池▲
この先は峠道で、雪が溶けたらいつか登ってみようと思います‥


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