浦川から松ヶ峯~来馬<塩の道(13)

千国街道は新潟県糸魚川から信州・松本に至る道で、古くから
塩や海産物などが運ばれました。

険しい山道を通る千国街道の中でも、特に山崩れが多くて
通行が困難だった長野県北小谷の来馬地区を歩きました。

前回、大糸線中土駅から歩いて石坂地区に至り、その続きになります。
千国街道・塩の道のスポットである「幸田文文学碑」に着きました▼
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幸田露伴の娘で、作家の文(あや)は、70歳を過ぎてから山河の崩落地を訪ねた
ルポルタージュ「崩れ」という作品で、稗田山崩れについて書いています。

1911年(明治44年)、稗田山の大崩落で姫川の支流・浦川が氾濫し、石坂・来馬の
集落が壊滅的被害を受けました。
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「百年前、この谷は崩壊の土砂に埋め尽くされ、犠牲者が今も眠る」と刻まれています▲
1995年(平成7年)にも、土砂崩れで石碑が流され、再建されました。

文学碑の先にある浦川橋を渡ります。 橋の上から眺める浦川▼
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古道・塩の道は、浦川の西側に沿うように、松ヶ峯・来島方面の標識の方へ、
歩いていきます。
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この浦川沿いの古道が予想外にジャングルで、シダ類やコケが生い茂る
密林のアドベンチャーでした。
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浦川に流れ込む小川のせせらぎが、古道に沁み入る幻想的な道☆
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瀬音を辿りつつ歩き、一旦開けた場所に、「中浦の大岩」があります▼
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河原沿いの平らな道になり、 ペンペン草を踏みしめながら、ススキの穂の間を進みます。
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ここから「松ヶ峯」まで登りになります。
稗田山の大崩落の際は、土石流が松ヶ峯▼を乗り越えたとのことです。
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明治中期に新道が開発されるまで、牛馬や歩荷(ぼっか)によって、信越国境の
山間地帯をめぐり、海陸物資交易の重要路線として栄えました。

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松ヶ峯から北の姫川河原には、かつて来馬宿があり、美田地帯だったと
書かれていますが、今は土砂が堆積しているだけです。
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かつては、小谷の三宿(大網・千国)の一つだった来馬の集落は姫川の
河原に埋まってしまいましたが、来馬諏訪神社は残っています▼
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さらに、神社の先には常法寺の史跡があります▼
20メートル下に埋まっている来馬集落からは、かつて本堂に向かう
見事な参道があったそうです。
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塩の道を通って馬がやってくるので、来馬という名がついたとか‥
この先を下っていくと、来馬温泉に出ます。
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