八面大王の正体@大王わさび農場

1月の雪が降った翌日、信州・安曇野にある大王わさび農場に行きました。

「大王」とは、安曇野の民話「八面大王」のことで、この地に
大王の胴体が埋められたと伝えられています。

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昨年出版された、小林耕氏著「安曇皇統の抹殺と八面大王の正体」という
本を、推理小説のように面白く読みました☆

今回は、この著書の説を取り上げましょう!
信州・安曇野を開拓した安曇氏は、元は九州・博多湾岸にいた海人でした
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安曇氏は、後漢の光武帝から「奴國王」の金印を授与された、我が国初の
中国王朝公認の国王となり、小林氏は「第一皇統」と位置づけています。

第二皇統は、朝鮮半島から倭国へ亡命した馬韓王が、九州の日向に入って
天孫降臨し、邪馬台国を吸収して倭国王家に同化した血統としています。

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安曇氏の勢力だった大和国を、第二王統の馬韓亡命軍が征服し、
敗れた奴国・安曇国王の子孫は、信濃の松本盆地に逃亡!

その後、大和を高句麗からの渡来人「蘇我氏」の王朝が支配し
その血筋を第三皇統と名付けています。

日本書記などは、蘇我氏を逆賊扱いしていますが、飛鳥文化を開き、
独立国家を樹立したのは蘇我大王家である、と小林氏は指摘しています。
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第二皇統の天智天皇の後、第一皇統の大海人皇子(天武天皇)が
即位し、安曇系政権となりました。

政権内で、藤原氏が天智皇統への転換を強引に進め、天武天皇の直系の
氷上志計志麻呂(ひがみしけしまろ)らを、流罪にします。


大王わさび農場内にある「大王神社」の拝殿には、大きなワラジ▼
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藤原氏の暗躍により、桓武天皇が即位し、蝦夷征伐に本格着手!
親戚関係にある坂上田村麻呂に、信濃にいる八面大王を打ち取るよう
密命を与えた、と推理できます。
雪に埋もれていますが、大王わさび農場前の八面大王親子像▼
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小林氏は、小泉小太郎の民話や八面大王の正体は、氷上志計志麻呂
であろう、としています。


有明山の麓にある魏石鬼・八面大王の古墳をイメージした岩屋が、
わさび農場内にあります▼
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中国の書によると、海神は八つの人の顔面を持つといいます。

志計志麻呂は海神族の安曇氏の皇統を継承できる地位にいました。

793年、田村麻呂の先発隊は、志計志麻呂抹殺と、祟りの無いように、
遺体を分けて事後処理を行ったのかもしれません。

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岩屋の中に入ってみると、安曇族が乗った宝船の石碑がありました▲
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