安曇族と八面大王@穂高神社

信州・安曇野に伝わる「八面大王」について調べてみました。

前回は、小林耕氏の著書「安曇族の抹殺と八面大王の正体」の説
を取り上げ、皇統をめぐる争いという説を取り上げました。

さらに、手掛かりを求めて、穂高神社に寄りました▼
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北九州の海人族・安曇氏は海を司る神「綿津見神(わたつみのかみ)」と
その息子とされる穂高見命を、祖神(おやがみ)として祀っていました。

穂高神社は、安曇野開拓に功をたてた安曇氏が、穂高見命を奉斎した古社です。
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穂高見命(ほたかみのみこと)の子孫である安曇氏は、「中国の春秋時代
揚子江下流にあった呉国の亡命者」という説があります。
そして、6世紀ころ信濃にやってきた(送り込まれた?)と、いわれます。
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古代の日本に稲作技術を持ち込んだ安曇氏は、大和朝廷の重臣となります。

その後、皇統の争いに巻き込まれ、たび重なるヤマト王権への反逆で
苦難の道を歩んでいきます。
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それでも、安曇比羅夫は▲天皇の命により、百済王を連れ、将軍として
白村江(はくすきのえ)の戦いに参戦しました。
穂高神社の「御船祭(おふねまつり)」は、玄界灘を行く軍船をぶつけ合い、
白村江での戦いを再現するお祭りです☆

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天智天皇が崩御し、壬申の乱に勝利した安曇血統の大海人皇子が
天武天皇として即位すると、中央政界で復権します。

次に、八面大王が立てこもったと言われる、魏石鬼岩窟(ぎしきのいわや)
がある、有明山神社の方へ行ってみました▼
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安曇氏と高橋氏は天皇の食事の世話をする仕事をしました。

ところが、792年、高橋氏との争いに負けた安曇氏の代表者は
佐渡へ流刑となり、衰亡していくのです。
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正福寺の右手に石仏が並ぶ道があり、歩いて行くと観音堂が見えてきます▲

民話「八面大王」では、都から坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が
鬼退治にやって来て、この岩窟に鬼が立てこもります。

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実際は、巨大な花崗岩で組み立てられた、横穴式古墳です。
穂高町古墳群の一つで、安曇氏のものと考えられます。

中央政権からは、鬼のような扱いを受けたのでしょうか?
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