海野宿<北国街道

中山道は、江戸日本橋から山岳地帯を進んで、京都まで続く街道でした。

途中の追分宿から分かれて、善光寺を通り新潟県高田までを結ぶ
北国往還と呼ばれる街道もありました。

その北国街道の宿場町だった上田市は、昨年の大河ドラマ「真田丸」 の
効果で、多くの観光客が訪れました。
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北国街道に沿うように流れる千曲川の桜が満開でした▲

上田の手前にある海野宿には、江戸時代の宿場町の面影が残ります☆
「日本の道百選」に選定された、海野宿を歩きました▼
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いつも上田に行く途中、通り過ぎてしまって、今回初めて取り上げます!

この地で、古代から栄えた海野宗家は、武田氏の侵攻で絶えてしまい、
その名跡を「真田丸」の真田氏が継承したのです。

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この街道は大名の参勤交代、佐渡金山の輸送、善光寺参拝の
善光寺街道として賑わいました。
海野宿・本陣跡の長屋門▼
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加賀前田藩や越後高田藩などが、この本陣を利用したそうです。

宿場時代の建物の多くは旅籠屋(はたごや)造りで、
出格子(こうし)が、今もよく残されています▼
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「うだつが上がる」という言葉の語源となった「卯建」が見られます▼

1階の屋根の上に、張り出して付けた袖壁です。
富の蓄積や、家格の高さを示す意味もあったようです。
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せっかくなので、海野宿資料館▼にも入ってみました。
1790年頃建てられた旅籠の建物で、往時をしのぶ資料が保管されています。
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明治時代になって、宿場制度がなくなると、蚕の卵を商品とする
蚕種製造が主力産業となりました。

千曲川の風通しの良さが、健康な蚕の産地に適していたのです。
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資料館に入ると、土蔵や物置に蚕業に使われた道具や農機具が
残され、養蚕農家の様子がわかります。              
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養蚕業によって海野宿は潤い、立派な蚕室や鯱瓦のうだつを
のせる屋敷が軒を連ねるようになったのです。
蚕で「うだつがあがった」わけです!
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伝統的建物以外にも、なつかしの玩具展示館や、蕎麦屋、雑貨店
などもあって、楽しめます☆
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